たまにはノンビリ

毎日何かに追われているような感覚に陥る事がありませんか?
人間、時にはホッとしたいものです。
同時にボーっとしてもみたいもの、何も考える事無く視線は宙を舞うが如く、見ている様でその残像は残らず、聞こえているようで素通り・・・
何とも言いがたい開放感に包まれた時は、きっとこんな感じではないでしょうか
それも朝の一時が、一番心地いいと感じる。
降ってよし・・照ってよし・・・只ボーっとノンビリ。
今朝も穏やかに流れる清流を眺めながら、夏の名残を惜しむかのように鳴く蝉の鳴き声を聞きながらいつしか、ボーっとタバコを吸いながら、一杯のコーヒーを飲んだ。
空は秋空、夏の空のような激しさもなく、穏やかに秋風と共に流れていた。
いいな~只こうしてボーっとしているのも・・・c0057068_151364.jpg
# by woodykitchen | 2009-09-11 15:01 | 喜怒哀楽

平和なのかな~

いつのまにか月日の経過は早いもの、書き込みが出来なくてうろうろしていると、一年がアッと言う間だ。
喜怒哀楽様々な出来事が、めまぐるしく過ぎ去って。昨日の事も遠い昔の様に感じられる。
昔は長く語り継がれていた世間話も、今は語り継ぐ間も無く次から次と変化が生じているから堪らない。
事件事故、そして人の死も何となく、簡単に葬り去られ瞬く間に既に遠く昔の事の様になるから不思議だ。
マスコミが大騒ぎすればするほど、瞬間的な反響はあっても、毎日続くと最後はスーッと消えてしまい、次の話題へと移行してしまう。
身の回りにもそんな出来事が多くなってきているのではないでしょうか。
そんな中で、避けるべきことは事の重大性にも関わらず、「マヒ」してしまうことではないカナッ、又かと言う感覚で麻痺した、脳裏を掠める事無く通り過ぎていく中に、意外にも重要な、重大な事柄が含まれていたりするから、恐ろしい。
何でも無い事でのミスが、普段なら何気なく処理過している事が、意外にも落とし穴に落ちる。
それが人間だといえば、人間だろうな~
事が起きた時、責任者は・・と追及しても物事の解決にはならないのに、何故どうして、今後はは考える方が先であるように思うのだが。責任者を追及して、事の収集に奴気となるから、同じ事の繰り返しとなって居る。
雲の流れ、風の流れ、誰もとやかく言う事も無く、言われることも無く悠々と時を刻んでいる様を、ジッと見詰るが良いと思う。c0057068_1232882.jpg
 
# by woodykitchen | 2009-05-18 12:32

なかなか続かない

どうしてか 、なかなか ブログへの書き込みが続かない
おっくうと言う事でもない ただ 忘れてしまっている事が多い
仕事のせいにしてみたり・・・
余りにも変化の著しい世間の流れに 圧倒される事も暫し
我関せずと知らぬ顔をしても やがては身に迫って来ると言う現実からは逃げられない
ああでもない こうでもないと言っているうちに 知らぬ間に月日は経過してしまっているのだ
今回のブログへの書き込みも 2月から一足飛びに9月
冬から秋へと季節は移行し 夏の名残か季節の終わりを告げるように 最後の鳴き声でセミが鳴いている。
周囲の環境の変化も特別には無く 今迄通りの日々が流れていっているが
言えるのは 確実に年老いて行っている事だけは確かである
元気で過している事が幸せなんだろう・・c0057068_12154230.jpg
# by woodykitchen | 2008-09-14 12:15 | 喜怒哀楽

いつのまにか季節は変わり

ふと気がつくと、いつの間にかこのブログのことをすっかり忘れてしまっていた。
忙しさの中に、やらなくてはならない事も多く、言い訳になってしまうが、忘れていた事は事実だ。
季節もそろそろ冬の様相から、3月を迎え『春』になろうとしている。勿論、暦の上ではとっくに春はやって来ている筈なのだが・・どうしたことか、楽園には一向に春の気配は感じられない。
昨年は年末から、久し振りに降雪がもたらされ、年明けも雪に埋もれた。
それから、暫くしてほぼ毎日のように降り続く雪との格闘が始まった。
例年年を追う毎に降雪量も少なく、久し振りのドカ雪に驚いてしまった。
地球の温暖化?等と世間では色々に騒いで入るが、ここ楽園で雪が降る事は平然の出来事なのだ。
ここでお店を開業する以前も、今以上にとんでもない降雪量に度肝を抜かれた。
一晩で50cm60cmは何でもない量であった。根雪となって敷地を埋め尽くす雪は2mは積もっていたでしょう。
近くにスキー場が出来ている位ですから、当然と言えば当然の状況なのです。
少しずつ降る量も増えては減り、減っては思いついたかのようにドカッと降ってくれる。
近年の降雪量は然程、人を悩ませる様な量は積りはしなかったが、今年は二日と明けず降り続き、その度に除雪作業に悪戦苦闘。
勿論、スコップ等の手作業ではなせる業でもない。ユンボを購入して、機械での除雪に奮闘している。
いよい2月もお終い、根雪となって何時になったら消え失せてくれるだろう。c0057068_22231084.jpg
# by woodykitchen | 2008-02-26 22:30 | 楽園の四季

気がつくと「秋」

ふと気がつくと6月・7月・8月と経過してしまい、9月となってしまった。
忙しさに忙殺されてしまったのでしょうか、ブログへの書き込みを忘れてしまっていました。
しかし、ホントに今年は忙しく感謝の日々を過ごしてきました。
今年も、昨年同様に日々があっと言う間に経過し一年が終わるのでしょうか
山で暮らして10余年、月日の経過は、楽しみに植えた木々の成長が物語っているようです。
ログハウスで沢山の木を利用していますから、その分植樹してと思い、様々な木々を植えたのです。
まだまだ足りませんが、苗木は少しずつ大きくなってきていますから、頃合を見て広い敷地の中に順次植えるつもりです。
自然ではないが、雑木林を創りたいと思っています。様々な木々が茂り、その中を散策できるような、途中にちょっと休める椅子が、ベンチがあったり、小さな東屋があったり。
実のなる木も植えて、飛来する鳥達の餌となれば幸いかなっとも考えたり、足元には花咲く雑草を植えて、等と思っています。
友と話すとき「池」を作って見てはと言う話も出ています、それもいい。
こうしている間にも、木々は紅葉して、葉を散らすことでしょう。
# by woodykitchen | 2007-09-18 14:00

癒されるって一体なんだろう?

楽園を訪れる人たちの中には
席に着いて、只ボーッと周囲に目をやり
ノンビリとコーヒーをすする人もあれば、煩く擦り寄ってくる犬達と話している人も居る
勿論、犬達と簡単には、会話は成り立つはずも無い
ただ・・緑覆われた自然の中で、そしてその中に身を置くことで
アンバランスな精神状態を元に戻そうとしている様だ
営業を始めて十年が経過したが、最初はそのような客は余り見受けられなかった
最近では、心身ともにダメージを受けてしまった人達が、数多く訪れる様になっている。
『又来ます』と淋しそうな響きで言葉が伝わってくる『はい、お待ちしています』
犬達に逢いたくて、そしてその犬達に『癒される』と言う人達も多い
決して立派な躾が出来た犬達ではないが、中には犬に頬ずりする人もある
甘えて応える犬達に、更に首に手を回して抱きつく。
癒されているのでしょうか? お客様は『又来るからね』と返事もしない犬達に語りかけて
じっと見つめて帰って行く。
不思議な光景ではあるが、ここでは決して珍しい光景ではない。
癒しとは、一体何なのでしょう・・・・
心が開かれ、胸の内に秘められた様々な事柄が、解き離れて行くのでしょうか。
しかし、確かに私自身も緑の山野に囲まれて日々を過ごしている中で
ストレスを感じなくなってきて穏やかな日々が、過ごせる事へ感謝している。c0057068_18243210.jpg
# by woodykitchen | 2007-05-29 18:24 | 喜怒哀楽

まどわされるなよ

渓流釣が解禁となって1ヶ月が経過した。
今年は天候も良く、毎日の様に渓流ファンが訪れる
神妙な態度で、川面に釣り糸を投げ入れては、クイクイと糸を操っている。
簡単に釣り上げられるほど甘くはない、彼らはお互いに必死だ。
毎朝、私は川面の一点を見つめて、魚影を探す。
そして見つけた時、よしよし今日も無事だったかと心で呟く。
一匹の『岩魚』が自然と触れ合っている中で、妙な親しみを覚えてしまったからだ。
昨年は、語り合っていた25~26センチの岩魚が、ある日釣り上げられてしまった。
それでも4ヶ月近く、パン屑を放り投げては『頑張れよ』『だまされるなよ』と語り続けていた。
今年は未だ20センチ位で小さな岩魚であるが、渓流に身を任せて泳いでいる。
パン屑を放り投げると、他の小さな魚達と共に、パクリと食らう姿が見られる。
桜も早くから咲き乱れ、自然の速度が一段と加速した今年、岩魚も温み行く渓流でしつかりと生き抜いて欲しいものだ。
垂れ下がって流れる『毛ばり』に惑わされる事なく・・・c0057068_22503729.jpg(0,153,51);">
# by woodykitchen | 2007-04-12 22:50 | 楽園の四季

賞味期限切れって(2)

定かではないが、「副産物」と言うのはこういうことです。
様々な規制緩和が実施されて、良かった事や、又不都合が生じてしまっている。
例えば海外から『製造年月日』で輸入され、店頭に並べられると、国内で生産された商品が有利となる。
そこで『製造年月日』は『賞味期限』と言う言葉へ摩り替わってしまった。
しかも、国内で日本語のプリントされた『生産国』表示と『賞味期限』のシールを貼って店頭に並んでいるのです。
政治の曖昧さがそのまま表示された格好ではないでしょうか。
しかし、今回巷を騒がせているペコちゃん騒動は、どうもそれ以前の『倫理観』に問われる部分が大半ではなかろうか。
人間の体、そんなにやわなものではないはずですが、いつの間にか温室育ちの華麗な花の様になってしまった。
最近では人間にまで『賞味期限』をつけられるからたまったものではありません。
強くなりましょう、嗅覚鋭く物事全てを嗅ぎ分けられる位にね。
『家庭の医学』と言う本を読んで見なさい、皆さん病を持つ病人と化してしまいますから。
先人の智恵をもう少し大切にしてみては如何でしょう。
# by woodykitchen | 2007-01-29 18:31 | 愉快な仲間達

賞味期限切れって(1)

美味しく頂ける期間を過ぎてしまったものは「賞味期限切れ」
日本人の多くの人達、何時からこんなに神経質になってしまつたのでしょう?
賞味期間の短い『パン』が数多く捨てられたと言うか、廃棄されたのを思い出す。しかも救援物資としてメーカーが無償で提供したものだ。
阪神の震災の時、大阪で製造し神戸へヘリコプターで空輸、被災地に区分けして搬送。更に被災者の待つ、数多くの避難場所へ寸断された道路を配置しながらの作業であった。
山積された救援物資は、学生等善意のボランティアによって、詳細に分けられ被災者の手元へ届けられたのです。
しかし、そこで立ちはだかった「賞味期限」。山の様に様々な食料物資が『廃棄』と言うか捨てられていた。
そうです『賞味期限切れ』だったのです・・・・。『消費期限』ではなく、『賞味期限』なのです。
インスタントのラーメン等もこの後その多くが『廃棄』されたと聞いています。
ほんの数年前までは『製造年月日』が記されているだけでした。先人の智恵で、『腐敗』しているか「食べられない」かは、容易に判断されていた。現に数年前までの人達は、今程『食中毒』で御腹を壊したりする事は少なかったようです。
勿論、現代の食中毒での腹痛等は、少なからず冷蔵庫の普及が起因していることも侮れない。
いつの間にか、自己防衛本能が退化し『賞味期限』『消費期限』に守られないと、食べ物を口に出来なくなってしまっている。
そこに、大きな落とし穴がある事に気が付いて欲しいと思います。規制緩和の副産物である事に・・・・・
# by woodykitchen | 2007-01-27 19:26 | 愉快な仲間達

辛かっただろうなー

1月だと言うのに、穏やかな日々が続く、こんな事で良いのだろうか。
そんな、穏やかな日々に反して、先日一通の葉書が舞い込んだ。「寒中お見舞い」と記されていた。
しかし、続く文面に驚きを隠せなかった。友の死を知らせる奥さんからの便りだった。
元気な、勢いのある友達だけに、その文面を素直に受け入れる事は出来ず、その手で友達に電話をして確認した。
間違いなく昨年の暮れ12月に他界していた。それは余りにもあっけない死であった。
彼が死を迎えた時、側には誰も居なかった。近所の人に見つけられて確認されたという。
夢多き男だった。ロマンを語り酒の好きな男だった。
若い時から、今日まで「夢」を追い、がむしゃらに働いてきた。独自のポリシーを持ち、小さな花屋を夫婦で楽しく切り回し、休む事も知らず、ずっと走り続けていたような気がする。
彼の話は何時も熱っぽく、飲めば更に力が込められて、心地よく酔いしれていた。
私の側には、彼が植えたヒマラヤスギが太く大きく育っている。
若い時と違って、年追う毎にお互い会える機会も減り、時々「おぅ」と声を掛け合って年に数回会う程度だ。会うと言うよりも、むしろ偶然出くわすと言った感じであろう。
若い頃は、友達と共によく語り過ごしたが、結婚し生活の基盤を築き、守る事に日々明け暮れるようになると、とてもそれどころではなくなる。
彼の花屋を娘が継いでくれると、目尻を下げて喜んでいた。父親の顔になっていた。
妻と娘の3人暮らしの中で、彼は楽しそうに日々の様子を話してくれたのが、つい最近だ。
その彼が、まだまだやりたい事があったと思う、娘に託す思いもそう語れずに他界したのではないだろうか。
一人で世を去った思いは辛かったろうな、私の心の中にポッカリと穴が開いたようだ。
# by woodykitchen | 2007-01-25 19:01 | 喜怒哀楽